さよなら3047
30系残存3編成のうち、最も早く検査時期を迎える3047。
32611の導入に伴う置き換えの対象となってしまい、32611がデビューする1日前の6月11日、不調のためか13時38分都島到着をもって差し替えられてしまい、そのまま営業運転を終了。
そして、14日に森之宮検車場へ廃車回送されました。

差し替え後、3048が廃車前に休車となった際に入っていた22番線へ移動し、留置。
基本的にこの線は使わず、ここに30系が入ると二度と復帰することはないため、この時点で既に復帰は絶望的でした。

そして回送当日の朝。いつの間にか幕が「回送」に。

移動した時刻は不明ですが、22番線から20番線へ移動。
14時ごろの段階では、留置場所が変わった以外は何も変化はありませんでした。
しかし…15時頃に大日まで来た友人とともに見に行くと…

職員さんが2人。
しかも1人はスーツ姿で、自動放送装置の付近で何かしています。

放送装置の本体と、それを繋ぐ電源・信号系のケーブルを弄っているようです。

ケーブルと装置本体を切り離し、自動放送装置を取り外しました。

放送装置本体から切り離したケーブル類を、電源系統の装置から取り外して…

これで、廃車準備作業は完了しました。
この時点で、もう二度と運用に就くことはありません。もはや「死」あるのみ…。

18時前。職員さんがやってきて、廃車回送を前に最後の起動。
仕業点検で扉を開けていました。

そして夜…森之宮へ回送。
帰宅客が並ぶ南森町駅を、ゆっくりと通過していきました。
こうして島式ホームで見ると、自動放送装置が取り外され、電源系統の装置だけが残った状態というのがよくわかります。

最後は森ノ宮のホーム中腹から、駅名票と絡めて。
先端部は相変わらずとんでもないことになっていました。
これで最大13編成もいた冷房改造後の30系はたったの2編成となってしまいました。
形式消滅もいよいよ目前に迫った感さえあります。
最後に…3047、長い間お疲れさまでした。

32611の導入に伴う置き換えの対象となってしまい、32611がデビューする1日前の6月11日、不調のためか13時38分都島到着をもって差し替えられてしまい、そのまま営業運転を終了。
そして、14日に森之宮検車場へ廃車回送されました。

差し替え後、3048が廃車前に休車となった際に入っていた22番線へ移動し、留置。
基本的にこの線は使わず、ここに30系が入ると二度と復帰することはないため、この時点で既に復帰は絶望的でした。

そして回送当日の朝。いつの間にか幕が「回送」に。

移動した時刻は不明ですが、22番線から20番線へ移動。
14時ごろの段階では、留置場所が変わった以外は何も変化はありませんでした。
しかし…15時頃に大日まで来た友人とともに見に行くと…

職員さんが2人。
しかも1人はスーツ姿で、自動放送装置の付近で何かしています。

放送装置の本体と、それを繋ぐ電源・信号系のケーブルを弄っているようです。

ケーブルと装置本体を切り離し、自動放送装置を取り外しました。

放送装置本体から切り離したケーブル類を、電源系統の装置から取り外して…

これで、廃車準備作業は完了しました。
この時点で、もう二度と運用に就くことはありません。もはや「死」あるのみ…。

18時前。職員さんがやってきて、廃車回送を前に最後の起動。
仕業点検で扉を開けていました。

そして夜…森之宮へ回送。
帰宅客が並ぶ南森町駅を、ゆっくりと通過していきました。
こうして島式ホームで見ると、自動放送装置が取り外され、電源系統の装置だけが残った状態というのがよくわかります。

最後は森ノ宮のホーム中腹から、駅名票と絡めて。
先端部は相変わらずとんでもないことになっていました。
これで最大13編成もいた冷房改造後の30系はたったの2編成となってしまいました。
形式消滅もいよいよ目前に迫った感さえあります。
最後に…3047、長い間お疲れさまでした。




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